#487 コンテンツストラテジストとは誰か?

Jul 27, 2026By habitus
habitus

Rethinking "Content Strategist"
Beyond the Traffic Game
—終わる集客ゲームと、本来の「情報設計」を取り戻す仕事

看板の量産か、建物の設計か
—「コンテンツストラテジスト」という職能の苦い記憶と本質

名刺の片隅に刷られた、あるいはSNSのプロフィールに掲げられた「コンテンツストラテジスト(コンテンツ戦略家)」という肩書きを目にする機会が、最近にわかに増えてきました。その響きには、企業のデジタル発信を高い視座から統制するような、知的な重厚さが漂っています。

しかし、この言葉に触れるたび、私の胸には少しばかり苦く、それでいて少し笑っちゃうような数年前の記憶がよみがえります。

当時、私はあるお客様に対して、これからのWebサイト運用における思想の重要性を熱っぽく(ある意味調子に乗って自信満々に)語っていました。
「これからは単にページを増やすのではなく、コンテンツ戦略(コンテンツストラテジー)の視点が必要です。私がその戦略家として、御社の情報資産を整理します」と。
返ってきたのは、経営者の大らかな苦笑いでした。

「うーん…余計わからんよ(笑)」

言葉が早すぎたのだと思います。当時はまだ、Webサイトといえば格好いいデザインを作るか、裏側のシステムを組むか、あるいはアクセス数を増やすためのマーケティング施策を打つか。そこにしか目が向けられていない時代でした。
「そこに何が書かれているか? 何を主張するのか?」というコンテンツ(中身)そのものは、さほど吟味されてきませんでした。企業にとっては、商品やサービスの情報は既存のパンフレットや営業資料の中にあるものであり、それをそのままWebに掲載すればいいと考えられていたからです。

端的に言えば、Webにおいてコンテンツの地位は低く、「コンテンツにはお金を払いたくない(利益を生まない)」と思われていたのです。
集客という数字さえ上がれば、中身はなんとなく想像力で補ってもらえるだろうという、作り手側の甘えもありました。
情報の構造や管理体制を「戦略」と呼ぶ実務のあり方は、誰の耳にも届きにくく、私はそれ以来、「コンテンツストラテジスト」と自ら名乗ることをしばらく躊躇していました。

ところが2026年現在、周囲を見渡してみると状況は一変しています。「もう何年も前から、私はコンテンツストラテジーの専門家でした」という涼しい顔をして、この肩書きを名乗る人々が急増しているように感じます。

しかし、彼らが「戦略」として語る実務の具体的な中身を聞いてみると、そこには奇妙な虚しさが漂っています。
語られているのは、「検索されそうなキーワードをどう選定するか」「検索意図を満たすための文章構成をどう作るか」「外部のライターを取りまとめて、毎月10本の記事を量産する体制を維持するか」といった、目先の運用の話ばかりだからです。

それは本当に、かつて海外の先駆者たちが提唱した「戦略」なのでしょうか。私には、過去のオウンドメディア(自社メディア)ブームや検索エンジン最適化(SEO)の現場で培われた「記事制作のオペレーション業務」の看板を、時代に合わせて都合よく掛け替えただけにしか見えないのです。
ここに、私はひとつの職能の歪みを指摘し、その本来の姿を取り戻したいと考えています。

効率の追求が生んだ「職能の矮小化」

そもそも、2009年にクリスティーナ・ハルヴォーソンらが定義した本来の「コンテンツ戦略」とは、きわめて重厚な情報設計の『実践』でした。
それは、「企業は何を伝えるべきか」「それを誰に、どう届けるか」というブランドの根幹から始まり、「散らばった情報をどう構造化するか」「公開された情報をどのような基準で維持・管理(ガバナンス)していくか」という、企業のデジタル上の知識基盤を設計する仕事だったのです。

そのため、本来のコンテンツストラテジストの隣接領域には、情報アーキテクチャ(情報設計)やUX(ユーザー体験)、ブランド設計、あるいは情報を管理するシステム(CMS)の構築といった、Webサイトのインフラに直結する専門知識が並んでいました。
「記事を書く人」ではなく、「情報資産の流通システムを設計する人」だったのです。

職能のレイヤー旧来の「集客オペレーション」本来の「コンテンツストラテジー」
主たる目的一時的なアクセス数(PV)の最大化企業の知識資産の体系化とガバナンス
評価指標(KPI)検索順位、流入数、クリック率認識の正確性、商談の純度、信頼の深化
設計の対象記事単体(部分の量産)企業の知識構造(全体の建築)

日本では2015年頃からのコンテンツSEOの急成長に伴い、目的が「とにかく検索エンジンからの流入(アクセス数)を稼ぐこと」へと収束していきました。これには、誰も悪意など持っていませんでした。マーケティングの現場が、最も数字として成果が見えやすく、効率のよい方法を真面目に追求した結果に過ぎません。
しかし、その効率の追求こそが、結果として職能の意味をひどく狭め、平坦なものにしてしまいました。「ライターを取りまとめる編集ディレクター」の仕事が、いつの間にか「コンテンツストラテジスト」という言葉にすり替わって定着してしまったのです。

この歪みを、建築に例えてみましょう。

本来のコンテンツストラテジストの仕事が、「建物の土台を固め、骨組みを組み、住む人が心地よく行き交うための生活動線そのものを設計する建築家」であるとするならば、日本の実務で定着した旧来のそれは、敷地の中に「外から人目を引くための派手な看板」や「とりあえず中へ誘い込むためのプレハブの入り口(集客記事)」をひたすら増設する仕事になってしまっていたと言えます。
入り口を増やす専門性も、確かに必要です。しかし、どれほど多くのプレハブの入り口を作ったとしても、肝心の母屋(企業の本質的な情報構造)がバラバラで崩れかかっていれば、訪れた人はたちまち迷子になり、企業への信頼が生まれることはありません。「集客の数字さえ上がれば、母屋の中身はどうでもいい」という発想が、あまりにも長く支配しすぎていたのです。

AIというシステムが見つめている「建物全体」

そして2026年の今、その「入り口を量産するゲーム」のルール自体が、完全に終わりを告げようとしています。

生成AIが日常のインフラとなり、検索の手間を省いて画面上で直接答えを提示する「ゼロクリック検索」が当たり前になった現在、かつてのように「特定のキーワードを狙って記事を書き、自社サイトへ誘導する」という集客モデルは崩壊しました。

この状況を前にして、一部の古いコンテンツストラテジストたちは、今度は「どうすればAIに優先的に引用され、推薦されるか」という、新たな仕組みのハック術を語り始めています。
しかし、数兆個ものパラメータを持つ大規模言語モデル(LLM)の回答を先回りして用意しておくなどという浅はかな手法は、もはやハックですらありません。
確率によって言葉を紡ぎ出すAIの本質はブラックボックスであり、カオスです。過去の検索エンジンのように、小手先のテキストの書き方で表示をコントロールしようとすることは、砂の上に城を築くような虚しさを伴います。
AI時代の到来によって、コンテンツストラテジストという職能が本来の重厚な定義へと引き戻されるのは、ある種の必然です。なぜなら、AIという極めて論理的で慎重なシステムは、敷地の前に並べられた「集客用の看板」だけを見ているわけではないからです。

AIは、会社概要、サービスの詳細、これまでの実績、技術的なブログ、採用情報、状況の変化にいたるまで、Webサイトに存在するすべての情報を横断的に読み込んでいます。
そして、それらの情報に矛盾がないか、一貫した思想があるかを総合的に判断し、「この企業は一体、何者なのか」という『企業の知識体系(建物全体の構造)』を理解しようとしているのです。

評価の対象が「記事という部分」から、「企業の知識構造という全体」へと移行したのが、現在の現実です。こうなると、表面的なライティングの技術や、ライターの管理能力だけで対応することは不可能です。

肩書きを本来の広さへと取り戻す

ここで私たちが誤解してはならないのは、「これからの時代、私たちはもうSEOに貴重な脳内リソースを割く必要がなくなった」ということです。

Webサイトにおいて、検索エンジンを通じて誰かと出会うための仕組み(SEO)は、これからも最低限のインフラとして機能し続けます。
ただし、ここで言うSEOとは「記事を量産してアクセスを稼ぐ」ことでは全くありません。機械がサイトを迷わず巡回できるようにするためのクローラビリティや、技術的な基盤(エンジニアリング)としてのSEOです。

それはコンテンツストラテジストが必死になってハックすべき主戦場ではなく、コンテンツ戦略という大きな設計図における「一つの入り口」に過ぎない、という本来の静かな位置づけに後退しただけなのです。

これからのコンテンツストラテジストは、「キーワードの出現率」や「検索順位のグラフ」に一喜一憂する卑屈な運用から、完全に解放されます。
私たちが試みたいのは、かつて集客記事の量産と同義になってしまった「コンテンツストラテジスト」という言葉を、本来の広さと重さ、そして誇りを持った場所に連れ戻すことです。
2026年の今、本当に求められているコンテンツ戦略とは、以下のような要素をすべて包含する、企業のデジタル上の「知識基盤の設計」そのものです。

【コンテンツ戦略 = 企業知識の設計】

ブランドメッセージの定義:企業の実存(Philosophy)の言語化
情報アーキテクチャ:Webサイト全体の情報設計
ユーザー体験(UX):ユーザーが迷わない動線の敷設
運用ガバナンス:AIに正しく事実を伝えるための裏側のシステム構築
インフラとしてのSEO:検索エンジンを通じて出会うための最低限の技術的配線


これらを横断的に扱い、企業の持つ有形無形の情報資産を、美しく、かつ冷徹な論理で配置していくこと。

そしてここで、もう一つの重要な職能である「コンテンツアーキテクト(情報の建築家)」についても触れておく必要があります。
企業の知識基盤を高い視座で統治し、概念を設計するのが「ストラテジスト」であるならば、それを具体的なデータ構造、ナビゲーション、あるいはシステムとして矛盾なく実装していくのが「アーキテクト」です。
日本では、このアーキテクトという存在もまた、ストラテジストと同様に誤解されるか、その重要度を正しく認識されてきませんでした。
しかし、これからのAI時代においてWebサイトを構築・運用していくためには、この「戦略を描く人間」と「構造を実装する人間」の両輪が、どうしても欠かせないのです。

最初の手仕事:『Not』による実存の削り出し

では、新しいコンテンツストラテジストは、具体的に何から手を付けるべきなのでしょうか。

私たちの最初の手仕事は、広告的に「新しい強み」を盛りにもって作り出すことではありません。それはむしろ逆で、経営者との深い対話(壁打ち)を通じて、余計なものを削ぎ落とす「監査(Audit)」の作業です。その際に私たちが振るうノミとなるのが、「Not(〜ではない)」を重ねていくアプローチです。「御社の強みは何ですか?」と聞かれても、なかなか一言では答えられません。
そんな時、私はお客様にこうお聞きします。
「今までで、一番面倒だったお客さん、嫌だった仕事、あるいは損をしてしまった取引を思い浮かべてください。それが、御社が『やらないこと(Not)』です」と。

「私たちは、単なる一般的な〇〇業ではない」
「私たちが引き受けたいのは、よくある〇〇という仕事ではない」

これまでの「どんな仕事でも引き受けます」というアクセス至上主義の集客モデルでは、Webサイトの表側に「私たちは〇〇をしません」とは決して書けませんでした。
会社にとっても、営業マンにとっても、まずは仕事を取ってくることが最優先だったからです。しかし、AIという平均化の達人を前にして、自社を肯定的な言葉だけで定義しようとすると、どうしても世間に溢れる退屈なバズワード(高品質、迅速な対応など)に回収されてしまいます。
そうではなく、「引き受けない仕事」や「対象外とする領域」を明確に線引きし、ステレオタイプに対する違和感を「Notの連鎖」として実直に削ぎ落としていく。
その果てに、既存の分かりやすいカテゴリーからはみ出した、その企業だけにしか出せない「グレーのグラデーション(陰影)」を言語化すること。これこそが、ストラテジストが担うべき最上流のコンセプト設計です。
ただし、私たちは言葉を右から左へ流すだけの編集者ではありません。
実務家として、その削り出した輪郭を、Webサイトという現実のインフラへと落とし込まなければなりません。
そのためには、サイトを「二重の構造」として設計・チューニングする能力が必要になります。

表側には、それを受け取る人間の心が静かに動くための、体温を持った「詩(情緒や体験)」。

裏側には、AIという慎重なシステムが迷わずにその事実を事実として認識できるための、論理的な「コード(構造化データ)」。

ここで言う構造化データ(JSON-LDなど)とは、AIに対して「この文字列は当社の住所であり、この数字は提供しているサービスの価格である」「そして、私たちは〇〇ではない」という定義を、機械が理解できる言語で明記する裏側の仕組みのことです。
表側の美しい文章がどれだけ企業の魅力を語っていても、裏側のシステムが整っていなければ、AIはその企業を正しく認識し、根拠付けのソースとして採用することはできません。
この表側の「詩」と裏側の「コード」の双方の設計図を寸分の狂いもなく描き、システムの実装までを繋ぎ止める役割こそが、これからの情報設計の姿なのです。

自社の知識という資産を、誰に託すか

小手先のバズワードや、終わりなき集客のハックゲームに疲弊し、自社の本質的な価値を実直に守り抜きたいと考えている経営者の方々へ。

いま、自社のWebサイトの変革を委ねるべきなのは、明日のアクセス数を増やすために「看板の数を増やす方法」を提案してくるマーケターでしょうか。
それとも、自社の思想と事実を厳かに整理し、人間にもAIにも長く信頼される強固な「知識の基盤(建物全体)」を築いてくれるストラテジストとアーキテクトでしょうか。

数年前に「余計わからんよ」と笑われたあのコンテンツストラテジーという言葉は、テクノロジーが追いついた今、企業の死活問題を握る最も重要な職能として、ようやくその真価を発揮しようとしています。

言葉の本来の意味を取り戻すこと。そして、目に見える文章だけでなく、Webサイトの裏側の構造までを設計し切ること。

地味で、一見すると遠回りに思えるかもしれないこの「情報設計」のアプローチこそが、AIという新しいテクノロジーの波に洗われても決して揺らぐことのない、企業の最も確かなデジタル資産になると、私たちは信じています。