#541 ささやかだけど「意味」のあること A Small, Semantic Thing
AI時代に復活したセマンティックWebと、わたしたちの「二重構造」
AI時代に大復活した「セマンティックWeb」と、日本のWebが失った情緒
ナレッジグラフやエンティティ(デジタル空間における実存)の最適化という領域を追いかけている方であれば、ジェイソン・バーナード氏が率いる国際的なデジタルブランド機関「Kalicube(カリキューブ)」の名を耳にしたことがあるかもしれません。
私も彼らの存在や、Google検索のアルゴリズムに対する独自のアプローチについては以前から認識していました。
元々は「日本のデジタルマーケティングとは少し違う視点からGoogle対策を行っている会社なのだろう」といった程度の認識だったのです。
しかし、生成AIによる検索や回答が本格化する今、改めて彼らがグローバルな大企業向けに展開している中核思想を深く読み解く機会があり、そこで少し興奮を覚えることになりました。
彼らが世界のテック層に向けて実践している手法が、私たちハビタスが日本の片隅でその重要性を訴え続けてきた「コンテンツ戦略(Content Strategy)」の核心とシンクロしていたからです。
点と点が繋がり、私たちが信じてきた道が世界標準の未来と合致していることを確信した一方で、ふと日本のWeb業界を見渡したとき、そこには拭いきれない違和感と、静かなため息が漏れるような現状が広がっています。
効率の追求が生んだ、均質化という悲哀
日本のデジタルマーケティング業界の歴史を振り返ると、常に「効率よくアクセスを集めること」が至上命題とされてきました。
かつて、ある大手IT企業が運営するキュレーションメディアが、不正確な医療情報などを大量に公開し社会問題となった「WELQ(ウェルク)事件(※)」を記憶している方も多いでしょう。
あれは決して、特定の企業だけが愚かだったわけではありません。検索エンジンの仕組みを攻略し、効率や生産性を極限まで追い求めた結果たどり着いた、「無機質な記事量産」という構造的な必然でした。
(※注:2016年、他サイトからの無断転載や根拠のない医療記事を大量に量産し、検索上位を独占したことで炎上・閉鎖に追い込まれた事件。日本のWebライティングの信頼性を大きく揺るがした。)
あれから年月が経ち、時代はAIへと移行しました。しかし、あの事件の反省もそこそこに、Web業界の体質は本質的には変わっていません。かつての記事量産が、今は「どうすればAIの検索結果に引用されるか」という、新たな目先の攻略法へと形を変えただけです。
自社の複雑な実像を無視し、機械が読み込みやすい「誰にでもわかる単純な説明文」の枠に企業を押し込もうとする。
彼らに悪意があるわけではなく、それが最も効率が良いと信じているからです。
しかしその結果、日本のWebからはますます企業の個性が失われ、どこを切っても同じ顔をした均質的なサイトばかりが生み出されています。
その根底にあるのは、「Webサイト=集客のためのチラシ」という古い認識であり、「ユーザーに役立つ良質なコンテンツを作っていれば、いつか報われる」という、ある種の牧歌的ロマン主義の限界でもあります。変化の激しい現代において、Webサイトの役割はすでに単なる「集客のモデル」から、組織の定義、ガバナンス、そしてレピュテーション(名評)を管理する場所へと完全にシフトしているのです。
冬の時代を越えて復活した
「セマンティックWeb」
海の向こうの最先端企業や、以前のブログで触れたAdobeなどのグローバル企業は、そのような表面的な集客ゲームからはとうに降りています。
彼らが今、莫大な投資を行い、注力しているのは、AIに自社を正しく認識させるための「情報設計(インフォメーション・アーキテクチャ)」です。
時計の針を2001年に戻します。インターネットの生みの親であるティム・バーナーズ=リーは、「セマンティックWeb」という壮大なビジョンを提唱しました。
それは、人間が読むためのページだけでなく、機械(コンピューター)がWeb上のすべてのデータの「意味」を正しく理解し、自律的に処理し、結びつける世界です。
しかし当時の技術では、人間が手作業で膨大なデータに意味を定義するタグ付けを行わねばならず、「実現不可能な理想論」として長い冬の時代を迎えました。
ところが今、AI(大規模言語モデル)の登場によって、機械が自律的に文脈や意味を推論できるようになり、この忘れ去られた夢が突如として現実のものとなりました。
AIが世界中の情報を読み込み、知識のネットワークを勝手に構築していく中で、自社についての事実(Fact)を誤解なく正確に認識させるための「デジタル空間における登記簿」として、セマンティックWebの思想が不可逆な新標準として大復活を遂げたのです。
※このあたりの議論の詳細については、以前に書いた
「新・コンテンツ戦略入門」も合わせてご一読ください。
中小企業のための「論理と情緒の二重構造」
Kalicubeが証明したこのアプローチは、AI時代のWeb戦略として正解だと思います。しかし、彼らの手法はグローバル大企業向けに特化しており、中小企業がそのまま取り入れるには予算的にも規模的にもなかなか現実的ではありません。
では、私たち中小企業はどう立ち向かうべきか。AIに対して正しい「デジタル登記」を行うためには、どうしても避けられない前段の作業があります。
それは、システムにデータを流し込む前に、経営者自身が「自社は何者であり、何の専門家なのか」「どんな使命を帯びていて、逆に何をやろうとはしていないのか(Not)」を、徹底的に言語化し、定義することです。これこそが、私たちが最も重要視している「コンテンツ戦略」のプロセスに他なりません。
従来の「少しでも多くの人を集める」という集客偏重の思考では、企業はどうしても網を広げようと「あれもできます、これもやります」と八方美人に語りがちです。しかし、それでは無数の均質化されたサイトの中に埋没してしまいます。
自社の本当の輪郭をくっきりと浮かび上がらせるためには、「何ができるか」と同じくらい、「何をやらないのか」という境界線を引くことが不可欠なのです。
この深い言語化という前段の作業を経るからこそ、Webサイトに美しい「二重構造」をもたらすことが可能になります。
裏側のシステムでは、AIが迷わず事実を読み取れるよう、冷徹なまでに論理的な情報設計を施す。AIは曖昧さを嫌い、情報が不足すれば平気で嘘(ハルシネーション)をつくからです。しかし、その強固な論理の担保が裏側にあるからこそ、表側のWebサイトは、検索順位やAIの機嫌を取るための不自然な制約から解放されます。
「ウチは単なる〇〇ではない」
「こういうご要望には、あえてお断することもある」
八方美人の集客を諦め、あえて境界線を引く。そうしたマニュアル化できない「Notの連鎖」を語ることで初めて、白か黒かでは割り切れない人間味のある「グレーのグラデーション(陰影)」が表れます。それこそが、効率化の波に飲み込まれない、企業本来の「情緒」を伝える唯一の方法です。
裏側には「機械のための冷徹な論理」を。
表側には「人間の心を揺さぶる情緒」を。
アクセス数を追い求める終わりのない消耗戦から降り、企業の実存をデジタル空間に正しく定義し、表現する。世界の最先端が回帰したこの本質的なWebの在り方こそが、これからの中小企業が取り組むべき、最も誠実な戦い方だと私たちは確信しています。
