#577 「引用」と「推薦」の向こう側
「引用」と「推薦」の向こう側
集客ゲームの終わりと、情報インフラへの回帰
Beyond Citations and Recommendations.
最近、デジタルマーケティング界隈のSNSやブログを眺めていると、ある「新しい理屈」が熱心に語られているのを目にします。
それは、「AI検索において『引用』されることと『推薦』されることは違う。
これからはAIに推薦(おすすめ)されるための特別な対策が必要だ」という主張です。
彼らは「AIO」「AEO」「GEO」「AI-SEO」など、次々と新しいアルファベットの造語を生み出し、従来のSEO(検索エンジン対策)に代わる新しい特効薬としてこれを売り込んでいます。 果ては、「あの言葉の対策だと稼げないから、別の言葉で売ろう」といった、露骨な商売の道具として語り合う始末です。
かつて私が密かに「ツルッとした顔の若者たち」と揶揄した、表面的な言葉だけで市場を泳ぐ彼らのやり口は、相変わらずのようです。
しかし、少し冷静にこの業界の「言葉遊び」を観察してみましょう。
そこには、彼らのビジネスモデル(アクセスや順位を追う集客ゲーム)を延命させるための、かなり強引な詭弁が隠されています。
「引用」と「推薦」を切り分けようとする業者の詭弁
まず、彼らが主張する言葉の定義を整理しておきましょう。理論上、この2つには確かに違いがあります。
引用: ユーザーの質問に対し、AIが客観的な事実を述べるための「情報源」として、自社サイトのテキストやリンクが使われること。
推薦: 「〇〇でおすすめの会社は?」という質問に対し、AIが自社を名指しで「ここはおすすめですよ」と評価・提示すること。
確かに、言葉の意味としては違います。
「単なる辞書代わりの引用」にされるより、「AIからの推薦(推し)」を獲得した方がビジネスに繋がりそうに見えます。
彼らはこの言葉のニュアンスの違いを巧妙に突きます。
最近、Googleが「AI向けの特別な対策は不要」と明言したことに対し、「Googleが言っているのは引用対象の話だ。我々が提供する『推薦対策』は別物であり、効果がある」と語るわけです。
推薦はおろか、引用すら小手先では操作できない
しかし、AIが回答を生成する技術的な現実(メカニズム)を少しでも知っていれば、この理屈が完全に破綻していることはすぐに分かります。
AIが特定の企業をユーザーに提示するプロセスは、Web上の膨大な情報を検索し、事実関係を照合し、ユーザーの深い文脈に合わせて確率的に回答を生成するという極めて複雑なメカニズムの結果です。
つまり、「AIの推薦ロジック」と「AIの引用ロジック」という都合のいい2つのボタンが別々に用意されているわけではないのです。確固たる事実(Fact)がWeb上に存在しない企業が、いきなり「推薦」だけされることなどあり得ません。
「FAQを充実させればいい」
「被リンクを増やし、プレスリリースを出せばいい」
「これまで通り、粛々とコンテンツを更新し続ければいい」
彼らが提案するのは、結局のところ従来のSEOの焼き直しです。はっきり申し上げておきます。推薦させることはもちろんのこと、引用させることであっても、従来の延長線上にある小手先のテクニックでAIの回答を意図的にコントロールすることなど不可能です。
(まあ、それができるんだと強弁しているわけですけど…)
「推薦されれば儲かる」という最大の錯覚
さらに、この理屈には決定的な矛盾があります。百歩譲って、彼らの対策によってAIが自社を「推薦」してくれたとしましょう。それで売上は上がるのでしょうか? サイトのPV(アクセス数)は増えるのでしょうか?
答えは、限りなく「ノー」です。
なぜなら、AI検索を使うユーザーは「AIの画面の中だけで答えを完結させたい」からAIを使っているからです。AIの回答の中に自社の名前が出たからといって、わざわざリンクをクリックして自社サイトを隅々まで回遊してくれる時代は終わりました(いわゆるゼロクリック検索の定着です)。
彼らが想定している「対策の成果」自体が、いまだに不特定多数のアクセスを稼ぐという古い「集客モデル」から抜け切れていない証拠です。アクセスが増えない以上、引用されようが推薦されようが、結果は同じなのです。
おわかりですよね。もう、「Webサイトで集客」の時代は完全に終わったのです。
Webサイトの目的は「集客チラシ」から「デジタル登記」へ
では、Webサイトはもう意味がないのか?
いいえ、重要性は過去最高に高まっています。
ただし、その「目的」が根本から変わったのです。
海外に目を向ければ、Adobeなどのグローバル企業はすでに「従来のSEOは無意味である」と宣言し、Webサイトの役割を「集客」から「情報インフラの整備」へと完全に舵を切っています。
これからのWebサイトは、自律的に情報を収集して回るAIに対し、自社の姿を1ミリも誤認させないための「公式マスターデータ」というようなものです。
もし自社が「何者であり、何ではないのか(Fact & Not)」という明確な境界線を引いていなければ、AIはネット上の古い噂を拾い、御社を「特徴のないその他大勢」として勝手に定義してしまうでしょう。
そうした見えないブランド毀損を防ぐために必要なのは、機械が迷わず読み取れる論理的なデータ(JSON-LDなどの構造化データ)として、自社サイトの裏側に企業の事実を冷徹に施工しておくことです。私たちはこれを、AIに対する『デジタル登記』と呼んでいます。
しかし、日本のデジタルマーケティング業界は、この面倒な技術的実装(構造化データ)からなんとか逃げようとしています。彼らは、Google公式の「構造化データは生成AI機能の要件(必須条件)ではないが、Googleが内容を正確に理解するのに役立つ」という、奥歯に物が挟まったような見解を盾に取り、「必須ではないからやらなくていい」「とりあえず記事を書き続ければいい」と都合よく解釈しています。
確かに必須ではないかもしれません。
しかし、感情を持たない機械(AI)に対して、自社の公式な事実を誤解なく渡すために「現時点における最善かつ確実な策」は、機械の言葉である構造化データを裏側に書き込むこと以外にありません。
二重構造がもたらす自由
「AIに推薦させよう」と語るツルッとした言葉に予算を払う前に、企業がやるべきことはただ一つです。
自社のWebサイトが「AIに誤解されない、唯一の公式な実存」として正しく機能しているか、その足元のインフラ(情報設計)を見直すことです。
裏側に強固な論理のデータ(構造化データ)を敷くからこそ、表側のWebサイトは「AIに推薦されるための不自然な説明文」から完全に解放されます。そして、人間の心を打つ、自由で豊かな情緒(表現)を取り戻すことができるのです。
AIをハックする不毛な言葉遊びから降りて、企業の尊厳を防衛する誠実な実務へ。Webサイトの真の価値を取り戻す時は、今しかありません。
