#601 アルゴリズムを待ちながら(En attendant L'ALGORITHME)

Oct 25, 2026By habitus
habitus

「秘密の攻略本」を探し続けるWeb業界の心理的依存と、集客モデルの静かな終焉

「ついに、GoogleのAI検索のアルゴリズムが解明された!」 
「これまで隠されてきた、検索順位を決める7つのシグナルがこれだ!」

海外のマーケティング界隈や国内のSNSにおいて、定期的にこうしたセンセーショナルな話題が拡散され、人々の熱狂を呼んでいます。そこには、「ベクトル類似度」「チャンク化」「スコアリング」といった難解で知的な最新の専門用語が並び、「これさえやれば、AI時代でもアクセスを独占できる」と高らかに謳われています。

その緻密な解説を読んだ多くのWeb担当者や経営者たちは、「ついにAI検索の攻略法が見つかった!」「これでまだ戦える!」と歓喜し、その「秘密の知識」をこぞってシェアし合います。

しかし、私たちハビタスから見れば、この定期的に繰り返される狂騒は、Web業界全体が抱える「不治の病」を映し出す、少し物悲しい喜劇にしか見えません。

専門用語の装飾を剥がすと現れる、10年前の景色

この「ついに真理を見つけた」と豪語する有識者たちの発信を、最後まで冷静に読み解いてみてください。彼らは最新のテクノロジー用語で長々とAIの仕組みを解説した後、最終的に自社のサイトへと読者を誘導します。そして、「だから、我々のこのサービスを利用しなさい」と締めくくります。

そこに用意されている商品(オチ)は何でしょうか。大きく分けると、次の3つに行き着きます。

1.     あなたのサイトに関連する長文コラム記事を10本量産するパッケージ

2.     サイトの権威性が高い外部メディアから、不自然にリンクを張ってもらうサービス

3.     AI検索の状況を可視化し、対策を提示する「ダッシュボード(管理画面ツール)」の導入

お気づきでしょうか。どれだけ「AIに適合した最新手法」という言葉で美しくコーティングしていても、彼らが最終的に売りつけているものは、10年以上前から何一つ変わっていない「古いSEO商法」です。

3つ目の「ダッシュボード」などは、データを整理するツールとして実務上役に立つ側面もあるでしょう。しかし結局のところ、それはかつての「検索順位チェックツール」が「AI最適化スコア」という名前に変わっただけに過ぎません。ツールを導入して画面上の数字(スコア)を追いかけても、企業独自の「自社は何者であるか(実存)」は1ミリも彫り出されず、再び終わりのない数字のゲームに引きずり込まれるだけなのです。

そもそも、彼らが「Googleがうっかり漏らした検索アルゴリズムの秘密」として語っている技術仕様の多くは、企業が自社内の資料をAIに検索させるための「社内検索ツール(RAGなどと呼ばれる技術)」の設定項目を、勝手に「Google全体のAI検索の順位決定ルール」だと拡大解釈しただけのものです。

決して彼らに悪意があるわけではないのでしょう。ただ、効率的に人を集める手法を探求し続けた結果、「私だけが真理を知っている」という極端なストーリーを作り上げ、専門用語で煙に巻き、最終的には過去の延長線上にある商品へと着地してしまう。 これが、「AI検索の攻略本」の冷酷な正体です。

なぜ私たちは「攻略本」にすがりつくのか

では、なぜこのような見え透いた手口が定期的に人々の関心を集め、真面目な経営者たちまでもがその「物語」を嬉々として受け入れてしまうのでしょうか。

それは、私たちが心の奥底では「そんな魔法のような攻略法など存在しない」と薄々気づいているからです。

ユーザーが検索画面上でAIの回答を見て満足し、わざわざ企業のサイトを訪れない「ゼロクリック検索」が普及しつつあります。不特定多数の人を集めて問い合わせに繋げるという、Webサイトの「集客モデル」が静かに終わりを迎えていることに、実は多くの人が気づき始めています。

しかし、「Webサイト=人を集めて儲けるためのツール」という過去の成功体験から抜け出せない私たちにとって、「もう集客の時代は終わった」という現実を受け入れるのはあまりにも残酷です。 だからこそ、「AIも所詮はプログラムなのだから、絶対に抜け道があるはずだ」「やり方次第で、かつてのようにアクセスを奪い取れるはずだ」という幻想にしがみつきたくなるのです。

来ないとわかっているのに、「もしかしたら」というかすかな願望を捨てきれない。
「ついに攻略法が見つかった!」という熱狂は、「まだゲームは終わっていない」という安心感を得るための、私たち自身の心理的な依存に他なりません。知らないうちに大手の競争や効率至上主義のルールに巻き込まれ、疲弊している中小企業こそ、こうした「救いの物語」に乗せられやすいのです。

お祈りのゲームから降り、自陣を「情報設計」する

しかし、現実のAI(大規模言語モデル)は、古いゲームソフトのようなものではありません。 数兆個という膨大なパラメータを持ち、文脈によって出力が変わる確率論的な空間において、「Aをすれば必ず1位になる」というような決定論的な攻略法など、原理的に存在しないのです。

コンセンサス(一般的な事実の合意)を慎重に探るAIに対し、無理に自社を目立たせようと誰にでも書けるような説明記事を量産したり、リンクを買ったりする行為は、AIに「このサイトは不誠実なノイズである」と学習させる致命的なリスクにしかなりません。

薄々嘘だとわかっている不確かな攻略本にお祈りをするような不毛なゲームは、もう終わりにすべきです。
中小企業が取るべき戦い方は、確率論のアルゴリズムの顔色をうかがうことではなく、100%自社でコントロール可能な「自社サイトの裏側」を徹底的に整理し、完璧に施工することに集中することです。

AIが自社を探しに来た際、ユーザーの深い悩みに対して、自社は何を提供できる専門家であり、逆に何をやらないのか(Notの連鎖)。その明確な境界線を、単純な説明文ではなく、AIが迷わず読み取れる国際規格のコード(構造化データなど)を用いて静かに定義しておく。

私たちはこれを、企業の実存をデジタル空間に刻み込む『デジタル登記(情報設計)』と呼んでいます。 裏側のシステムで冷徹なまでに論理を定義しておくからこそ、表側のWebサイトは説明過多なマニュアルから解放され、企業独自の割り切れない情熱や人間味(グレーのグラデーション)を自由に表現できるようになるのです。

ゴドーは来ない

「これをやれば、かつての栄光(アクセス)を取り戻せる」。 そんな都合の良いアルゴリズムの攻略法を、まるで救世主のように待ち続ける私たちの姿は、サミュエル・ベケットの不条理劇『ゴドーを待ちながら("En attendant Godot")』にどこか似ています。

登場人物たちは、いつか必ずやってくるはずの「ゴドー」を信じ、無意味な言葉を交わしながらひたすら待ち続けます。この「ゴドー(Godot)」は、「神(God)」の暗喩であるとしばしば解釈されます。 「神は死んだ」——つまり、私たちを無条件に救済してくれる絶対的な正解などもういないという現実を、人々はどうしても受け入れることができず、来ない神を待ち続けてしまうのです。

確率論で動く巨大なAI空間に、私たちを救う都合の良い抜け道や絶対的なアルゴリズムなど永遠に現れません。

ふと、思い出したことがあります。 それは、ずっと待っていても結局現れなかった、かつてのガールフレンドのことです。

待ち合わせの場所で、私はずっと彼女を待っていました。 本当は、心の奥底で「彼女はもう来ないだろうな」と薄々気づいていました。それでも、時計の針を見つめながら「もしかしたら、何か事情があって遅れているだけかもしれない」と、かすかな願望を手放せずにいたのです。その残酷な現実を受け入れてしまえば、すべてが終わってしまうから。

AIのアルゴリズム(抜け道)を待ち続ける人たちの姿を見て、私はふと、あの日の自分を重ねてしまいました。

来ないとわかっているものを待ち続ける時間は、どこか甘美で、そして残酷です。
しかし、私たちはもう、来ない正解を待つその場所から歩き出さなければなりません。不確かなものに運命を委ねる不毛な時間を終わらせ、自分たちの足で、自分たちの事実(実存)を確かなものにしていくために。